塾の先生は生徒と保護者に一人前にしてもらってる(後編)
そして翌日。
出勤時間の14時になっても、武太陽子は教室に現れなかった。
「ダメか……」
面談予定の大松さん親子もやって来た。
仕方がない、私が面談を……。
その時、後ろから大きな声がした。
「お母様、わざわざ来ていただいて、すみません。真理ちゃん、暗い顔をして、どうしたの?」
武太陽子だ。
「我利先生、遅れてすみません。もちろん、面談は私がやりますから」
そして始まった面談。状況はこうだ。
母親は娘のためにパートを増やして塾に行かせている。
しかし娘は、部活がしんどいからと塾の宿題も適当にやるし、遅刻もする。
母親としては、いろいろ言い訳をして楽なほうへ流されている娘が許せない。
塾は、本人が好きで続けたいと言っているが、本当にこのまま続けさせていいものか迷っている、と。
一通り話を聞いた武太は、ゆっくり口を開く。
そこからの内容は――「圧巻」。まさにこの一言に尽きる。
武太の真骨頂を見せつけられた、圧巻の面談。
私は、この時の面談をいまだに忘れられない。
「真理ちゃんは、今のお母さんの話を聞いてどう思うの?」
「どうって言われても……部活も本当に忙しいし、仕方がないやんって思ってる。それに、パートを増やしたのはお母さんやし、私、そんなこと頼んでへんから」
「じゃあ、辞めなさい」
「えっ?」
「塾を辞めなさいって言ったの!」
いつもは優しい武太先生から、まさかこんなことを言われると思わなかったのだろう。
真理ちゃんは唖然としている。
「真理ちゃんが勉強を頑張ってくれるようにって、お母さんが一生懸命パートをして塾代を稼いでくれているのに、その気持ちを踏みにじるんだったら、塾なんて辞めればいいのよ」
「せ、先生……」
「もちろん、真理ちゃんの部活が大変なのは先生も分かってる。でも、本当に宿題できないの?どうしても塾の時間に遅れてしまうの?違うでしょ?だって、同じ部活の子で、ちゃんとやっている子いるよ。それなのに、真理ちゃんができないわけないじゃない。真理ちゃんだって、本当はちゃんとやりたいって思ってるんでしょ?」
「……」
「先生は、真理ちゃんに嫌なことやしんどいことから逃げる子にはなって欲しくない。別に勉強なんてできなくてもいいけど、自分を誤魔化して、自分の可能性を狭めるような選択だけはして欲しくないの!」
真理ちゃんは泣いていた。母親も泣いていた。
「でもね、真理ちゃん。こんな偉そうなことを言ってるけど、実はこの前、先生も苦しいことから逃げ出そうとしていたの」
「えっ!そうなの?先生」
「ええ。何か気持ちも身体も動かなくなって、そういう時ってどうしよもないんだよね。でも、そんな時に、先生は尊敬する人に助けてもらった。一緒に頑張ろうって言ってもらったの。それで心が楽になって。だから、今度は私が真理ちゃんに言う。先生と一緒に頑張ろう」
真理ちゃんは、あふれる涙を拭おうともせず、武太の顔をしっかりとまっすぐ見ている。
その瞳に、一切の澱みはない。
母親も顔を上げて、泣きながら武太に言った。
「武太先生……この子のために本気で叱ってくれてありがとうございます。この子のために本気で励ましてくれてありがとうございます。この子は……この子は先生に出会えて幸せです。できの悪い子ですけど、武太先生、これからもこの子のことをよろしくお願いします」
のちに武太陽子は、この時の自らの感覚を「心が震える」と称した。
そんな伝説的面談を終え、大松親子を見送った後、武太がやって来た。
「我利先生、いろいろご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。私、もう大丈夫ですから。これからもよろしくお願いします!」
「うん、有り難う。それにしても、さっきの面談は感動したよ。カッコ良かったね~。いやでも、真面目な話、これで一人前の先生になれたね。あの時、どう感じた?」
「心が……心が震えました」
「そう。その震えがね、子どもの将来の一端を担う覚悟であり、保護者の願いを受け止める覚悟なんだよ。武太先生、今日のあの震えを一生忘れないで欲しい。あの震えこそ『塾の先生』という仕事の誇りだから。」
「はい。私、絶対に忘れませんから。」
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この物語は少しだけ脚色していますが、基本、実話をもとに書いているので、このような面談が行われたことは事実です。
当時、新入社員だった武太陽子こと・武田星子(現・弊社取締役)はこの面談で「一人前の塾の先生」になったと私は思っています。
そして、これがあったから、彼女はその後、生徒数300名超の教室を作ることができたのです。
そう、つまり、このシーンに出て来る生徒(大松真理ちゃん)とお母様によって、彼女は育てられたんですよね。
皆さんだってそうじゃないですか?
誰でも、子ども達や保護者の方に育ててもらったから、塾の先生としての「今」があるような気がするのです。
そのことを忘れてはいけません。
あっ、ちなみに、この大松真理ちゃん(仮名)という生徒は、大学を卒業後、一般企業に就職して、今は立派な社会人。
そして、実は、、、
数年前、社員として、弊社に戻って来てくれたのです(^_-)-☆
今では、うちのエース社員の一人ですよ。
会ってみたい人は、是非、うちの塾にお越しください(笑)。
あっ、でも、コロナがもっともっと落ち着いてからにして!(^_^;)。
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田でした。