■場面は再び、“天下一個別”の本社ビル内。
「キーツネさん、私の見立てのどこが甘いと仰るのでしょうか?確かに、三月に入ってから、退塾は出ていませんが、恐らく、それは一時的なもので、また出ると思うんです。その証拠に問合せが少ないじゃないですか。これは塾の評判が良くないからじゃないですか?」
「確かに、評判が良くないから、問い合わせは少ないんだろう。何度も言っていることだが、今時、チラシだけで問い合わせが来ることはないからな。ただ…。」
「ただ?」
「そんな状態を改善しようと思えば、キミならどうする?」
「それは、まず、退塾を止めること。もしくは今いる生徒の満足度を高めて、退塾が出ないようにすることから、始めますね。」
「そうだろう?」
「あっ!そうか!つまり、キーツネさんが仰りたいのは、もう“個勉塾”はその部分の改善を行っていると言いたいわけですね?」
「そうだ。」
「う~ん…でも、そんなに簡単に問い合わせや入塾は作れないんじゃないですかね?」
「いや、そうとは限らない。生徒数の少ない塾なら、なかなか難しいと思うが、残念ながら、“個勉塾”には、まだまだ多くの生徒が通って来ている。教室の空気さえ良くなれば、生徒数が多い分、紹介は生まれるんだ。」
「そうか!それはヤバいです!」
「ところで、あの生徒達はどうなっている?」
「えっ?」
「あのピンポン営業部隊が送り込んだ、出来の悪いヤンチャな生徒達だ。」
「ああ、あれですか…。教材屋さんに聞くところでは、どうやら、ボス的存在の一人の生徒は退塾させて、あとの二人については、改心させて勉強を頑張らせているようなんです。」
「何だって?一人、退塾させただと?」
「はい。」
「“個勉塾”にそんなことできたのか?」
「はい、できたようです。…というか、キーツネさんはできないと思っておられたんですか?」
「そうだ。“個勉塾”の弱点は甘さだ。“優しさ”と“甘さ”をはき違えている部分があって、それが奴らの最大の弱点だと思っていたんだが…。タヌーキの仕業か…。」
「そうかもしれません。あのタヌキ、何たって変態ですからね。」
「変態は関係ない!くっそ!」
「はい、本当にくそです!」
「まあでも、奴らは無理をしているんだろ?」
「えっ?無理と言いますと?」
「どうせ、個勉塾の社員達が休みも返上し、夜遅くまで働いて、相当なプレッシャーの中で、この春の募集期を過ごしているんじゃないのか?」
「はい、それはそうだと思います。」
「だったら、勝負はまだこれからだ!ふふふ…。」
「ん?」
■場面は変わって、再び、“からくり屋珈琲店”。
「我利先生、退塾防止については、今、説明したように上手くいきだしたのですが、いかんせん、問い合わせが少なくて…。」
「まあ、それも仕方がないだろうな。どうしても、教室の空気が悪くなると、そうなるからな。」
「どうすればいいですかね?」
「う~ん…分からない…。」
「えっ?分からない…ですか?」
「そりゃあ、そうだよ。私はスーパーマンでも、神様でもないからね。」
「じゃあ、またあのタヌキに似ている神様にアドバイスを頼んでみてはいかがですか?」
「いや、それはしない。」
「何故ですか?」
「やっぱり、神様ばかりに頼っていてはダメだからね。」
「そうなんですか?」
「うん。確かに、この一年間を振り返ってみても、私は神様にすがってばかりだった気がする。でも、よくよく考えると、“神様”ってすがるもんじゃないんだと思うんだよね。これは神様に限らずだけど、誰かにすがっている限り、成長しないと思うんだよな。この前も神様に言われちゃったよ。」
「何と言われたんですか?」
「依存心が高まってるって。ふふ…。そして、こんなことも言われたよ。自分が創りたかった塾の原点を思い出して、自分で判断して、動きなさいって。」
「なるほど…。」
「元々は私と武太先生が創った塾。そして、今は社員の皆と一緒に創っている塾。自分達で決めなきゃ、やってる意味はないよね。塾を十年以上もやっていると、なんだか保守的になっちゃって、思い切った判断ができなくなっていたような気がするんだ。」
「そうですか…。」
「だから、今回の問合せを増やす施策も、入塾を増やす施策も、神様の力は借りたくないんだ。」
「分かりました。」
「でも、どう動いていきましょうか?」
「う~ん…いろいろ考えてみても、今更、飛び道具的な施策なんてないよね。神様のタヌーキさんも言ってたけど、こういう時はじたばたしても仕方ないわけで、とにかく目の前にある、当たり前のことを徹底することだと思うんだ。」
「目の前の当たり前のこと?」
「そう。うちの最大の武器は、“面談力”でしょ?だから、少ないかもしれないけど、一件、一件の問合せを大事にして、“入会面談”を頑張るしかないんだと思うんだ。その面談で、目の前の子どものやる気を引き出し、保護者の協力も引き出し、“この先生となら頑張れるかも”“この先生なら我が子を預けたい”…そんな想いを持ってもらえるような面談を実施して、そこから紹介を創り出すのが、うちの原点だと思うんだ。」
「確かに!」
「だから、社員達に、もう一度、そのことを伝えてほしい。」
「はい、分かりました!」
「あとは、下村先生に任せるよ。」
「えっ?私に?」
「うん。」
「じゃあ、当たり前のことですが、“パンフレットスタンドの整備”と“春の紹介キャンペーンの盛り上げ”、そして、既に退塾が決まっている中三生の退塾取り消しの提案を強化していきます。」
「そうだね。ただ、紹介キャンペーンについては、単に案内をするだけじゃなく、生徒一人ひとりに対してどういうタイミングで、どういうアプローチをしていくのかを考えて動いてくれるかな。」
「はい。」
「あっ、それから、今回成績が下がった生徒がいたら、無料補習を行ってもいいから、とにかく退塾は止めてほしい。」
「はい、分かりました!」
この時、我利勉は、確かな手ごたえを感じ始めていた。
営業本部長の下村をはじめとする社員達が、この“個勉塾”を守ろうと、必死に頑張ってくれている。
こんな素晴らしい社員達がいる我々の塾が“天下一個別”に負けるわけがないのだ。
■場面は再び、“天下一個別”の本社ビル内。
「塩川君、再び営業部隊を投入するぞ!」
「えっ?この春もですか?」
「そうだ。今が、あの憎々しい“個勉塾”を崩壊へと持ち込む最大のチャンスだ!ピンポン営業に、ポスティングに、校門前のビラまきと、ありとあらゆる営業戦略に打って出る。題して、“個勉塾撲滅ローラー大作戦”!」
「…撲滅ローラー大作戦…。」
「どうした?そんなとぼけた顔をして。」
「あっ、はい…。何故、急に怒涛の攻撃をしようと思われたのかと思いまして…。」
「キミは本当に成長しない人間だな。もっと頭を使って、今の状況を考えてみろ。」
「はい…すみません。」
「いいか、“個勉塾”の社員達は、キミと違って、必死に頑張っているわけだ。」
「はい…。ただ、私も必死は必死なんですが…。」
「キミの必死さは、私から言わせると、鼻クソみたいなレベルだ。」
「…ということは、“個勉塾”の社員達は大きなウ〇チが出たレベルということですかね?」
「シャラップ!下品な話をするな!」
「あっ、すみません!」
「ウ〇チやクソの話をしているのではない。いいか、よく考えろ。社員が必死に頑張っているのに、上手くいかないとなると、組織はどうなると思う?」
「う~ん…分かりません!!」
「ふぅ…。やっぱりキミは話にならん。とにかく見ていろ。奴らは自滅していく…。」
※来週月曜日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。