■場面は再び、“天下一個別”の本社ビル内。
「キーツネさん、爆弾を仕掛けたってどういうことなんですか?それって、警察に捕まるヤバいやつじゃないですか!!!」
「そんなわけないだろう。本物の爆弾を仕掛けるバカがどこにいる!」
「ああ、そりゃ、そうですよね。良かった。」
「キミは本当にバカか!バカなのか!!」
「すみません…。」
「ミーが言っている“爆弾”というのは、“個勉塾”の教室を崩壊させる生徒を送り込んだということだ。」
「えっ?送り込んだとは、どういうことですか?」
「ふふ。十二月にピンポン部隊を投入したのは覚えているか?」
「はい。寒い中、家庭を訪問して、“天下一個別”の体験授業を案内して回ったやつですよね?」
「そうだ。実は、彼らにある指示を出しておいた。」
「指示?」
「うむ。学力の低い、落ち着きのない、ヤンチャな生徒がいたら、“個勉塾”を紹介しろという指示だ。」
「ひゃー!敵を紹介する指示ですか!!」
「ふふ、そうだ。」
「こ、こ、この人…凄い…。」
「バカにするな。ミーは人ではない。神様だ。」
「あっ、申し訳ございません。でも、“個勉塾”の教室の崩壊を狙って、十二月に布石を打っているとは、恐ろし過ぎる戦略です…。」
「そうだろ。ミーは何たってキングオブ個別指導の神様だからな。アハハハハ。」
「本当に敵に回すと怖い神様だ…。」
「だから、今頃、“個勉塾”の教室は混乱に陥っているはずだ。奴らの弱点は“甘さ”だ。きっと、今頃、そのどうしようもない生徒を辞めさせることも、改心させることもできずに、右往左往していることだろう。そのうち、教室の雰囲気は最悪になり、真面目な子達がどんどん辞めていく。そして、その子達は、この“天下一個別”に流れて来るという算段だ。」
「いや~言葉も出ません。何とも冷酷な…いや、完璧な戦略です!」
「いいか、塩川君、綺麗ごとだけじゃ塾はやっていけない。塾も勝つか負けるかの勝負なんだ。その空っぽの頭によく叩き込んでおくんだな。」
「はい。分かりました!」
それから一週間が経った。
我利勉のもとに、教室から電話が入った。
「我利社長、退塾が止まりません!」
「えっ?」
「この一週間で十名の退塾者が出てしまいました。」
「理由は?」
「理由はいろいろですが、きっとあの子達が影響している気が…。」
「そうか。きっと教室の空気が悪くなっているんだろうな…。」
「我利社長、私はどうすればいいですか?」
「ちょっと、待ってくれ。考えるから。」
「この前もそう仰ったのに、連絡をいただけないから、私、いったいどうすればいいのか分からなくて…。」
「うん、すまない。あと一日だけ待ってくれ。必ず答えを出すから。」
もうこうなったら、恥も外聞も捨てて、タヌーキにアドバイスを求めるしかない…。
我利は、タヌーキに会いに、“からくり屋珈琲店”に行くことにした。
■場面は、“からくり屋珈琲店”。
「やっぱりいた!!!」
「何やねん、ジブン、大きな声出しよってからに。」
「タヌーキさん、助けてください!」
「どないしたんや。この前とは打って変わって、便器に顔を突っ込んだような醜い顔をして。」
「はい。聞いてください。」
そう言うと、今、教室で起こっている状況やクレームや退塾の件を全て話をした。
「なるほどな。ほんで我利ちゃんはどうしたいねん?」
「それが分からないんです。」
「分からないんやったら、どないもできひんやん。」
「だから、困っているんです!だから、タヌーキさんに相談しているんです!」
「・・・。」
「タヌーキさんは、また私が依存していると感じると思うんですが、本当にどうしていいのか分からないんです。助けてください!」
「ジブン、まだまだ甘いな。」
「えっ?」
「すぐ考えがブレよるわ。」
「はい、すみません…。」
「ええか、迷った時は原点に返るんや。」
「はい。」
「ジブン、そもそも、どんな塾創りたかったんや?」
「それは…どんな生徒も見捨てない塾。そして、皆が頑張って楽しく勉強する塾。そんな塾を創りたいと思っていました。」
「じゃあ、それに照らし合わした時、今はどうやねん。」
「う~ん…生徒を見捨てない塾にはなっていると思うんですが、頑張って楽しく勉強する雰囲気の塾にはなっていないかもしれません…。」
「ふん!生徒を見捨てない塾にはなってるって?バカも休み休みに言えや。」
「えっ?」
「そのガキんちょ達をそのままにしておいて、それで見捨ててないと思ってるんやったら、勘違いも甚だしいで。」
「・・・。」
「今のその状態、誰のためになってんねん!頑張って勉強しようとしているガキんちょ達にとっては迷惑この上ないやろ!そして…。」
「そして?」
「その勉強できひんガキんちょ達にとっても、何の役に立つんや?そんなんで成績は上がるんか?そんなんで、そいつらが社会に出て通用するんか?」
「う~ん…。」
「ええか、わしは、何もそいつらを見捨てろとは言ってへんで。でも、ジブンがやってることは見捨ててるに等しいわ。本当に見捨てたくないんやったら、そいつらと、ちゃんと勝負して、改心させるか、とことん面倒を見てやるか、辞めさせるかの、どれかやろ!」
「・・・。」
「ここは塾やで。どんな世界でもそうやけど、この塾にもルールがある。それを守れん奴をそのまま放置しておいてどないすんねん。勉強ができない?集中力がない?それが何やねん。そのこととルールを守れへんことは関係ないわ。ここで勉強したいんやったら、ルールは守らさなあかん。他の真面目に頑張る生徒が迷惑するような塾を創ってどないすんねん!そんなん基本中の基本やろ!」
「うっ…。」
「もちろん、ジブンのその優しい気持ちは分かるで。どんなガキでも、好き好んでそうしてるわけやないやろうし、何とか勉強ができるようになりたいと思ってるんやろうしな。だから、そいつらを見放したくないし、何とかしたいと思っているんやろう。そして、その理念も、その姿勢も捨てたらあかん。捨ててしまったら、単なるどこにでもある塾になるさかいな。でもな、今のジブンの力が足りひんくて、この現状をどうにも改善できひんのやったら、涙を呑んで辞めてもらうしかないやろ。それが嫌なら、何とか改善するしかない。それだけの話や。できない状態をそのまま放置してることだけは絶対に避けなあかん。」
「確かに、タヌーキさんの仰る通りです。すみません…。」
「別にわしに謝ることはあらへん。謝るんやったら、今も頑張ってる生徒、頑張りたくても頑張らせきれてない生徒に対して謝ることや。」
「はい…。」
「まあ、分かればええんや。」
「でも、タヌーキさん…。」
「ん?」
「もう手遅れかもしれません…。」
「何がや?」
「私に思考力も決断力もなかったせいで、どんどん退塾が出ています。さっきもメールで五件の退塾が出たと報告があしました。もう歯止めがきかない状態になっています。」
「そうか。」
「このまま生徒数が減り続けると、うちはやっていけません…。」
「しゃーないやん。」
「えっ?」
「出てしまったもんは、今更ジタバタしてもしゃーないって言ってるんや。」
「でも…。」
「でもやない。不安になる気持ちはよく分かるけど、済んだことを後悔する暇があるんやったら、今できる目の前のことを一つ一つやっていくしかないんやって。」
「あっ、はい…。」
「まずはこのガキんちょ達の姿勢を変えきるか、面倒を見きるか、辞めさせるか、それを決めることや。それは、わしが決めることやあらへん。ジブン自身の意思で決めることや。」
「はい。」
「それと、これ以上、退塾を出さんように手を打つことや。」
「はい…。でも、どうやって?」
「それは、細かなサインを見落とさんようにして、すぐに動くことや。」
「えっ?サインですか?」
「そうや、サインや。退塾しそうな奴は、必ず何らかのサインを出してるもんや。それは、明らかに分かるサインの場合もあれば、下手すれば見落としてしまうような小さなサインの場合もある。」
「あっ、はい。」
「だから、そのサインにいち早く気付いて、迅速に動くことが必要や。ちなみに、どんなサインがあるか分かるか?」
「それは、成績が上がらなかった時はもちろんですが、欠席や遅刻が多いとかですか?」
「そうや。それ以外もある。例えば、宿題忘れや忘れ物が多くなったとか、自習や行事に参加しなくなったとか、最近暗い顔をしてるとか、親と連絡取れなくなったとか、未収がたまってるとか、そういうのも危ない傾向や。」
「なるほど。でも、退塾予備軍を見つける作業なら、“顧客満足度アンケート”みたいなものを取った方が早くないですか?」
「別にそれでもええねんけど、わしはあんまりおススメできんわ。」
「えっ?何故ですか?」
「だって、ジブンら、メンタル弱いやろ。」
「メンタルですか…。」
「そうや。アンケートなんて取ったら、批判的なことを書いてくる奴もいるし、無茶な要望を言ってくる場合もあるけど、それでもええんか?」
「う~ん…それは、ちょっと嫌ですね。」
「そういう嫌な思いをして、ジブンも含めて社員のモチベーションを下げても仕方がないやろ。そんなことしても、業績は上がらんで。」
「確かに、うちの場合はそうかもしれません…。」
「それにな、わし、何でもクレーム言ったろうちゅう雰囲気がある今のクレーム社会の中で、教育機関でやる“アンケート”ちゅうもんが好きやあらへん。」
「と言いますと?」
「最近、大学でも教授の授業に対する“アンケート”みたいなもんを取って、それで教授を評価しているようなこともあるって聞いてるけど、そんなことして、どないすんねん!って思ってるんや。教える側が教わる側からの評価をいちいち気にして、くそ面白くもない真面目な授業して、そんなんで教育なんてできるかっちゅうねん!」
「ちょっと、ちょっと、タヌーキさん、そんなに興奮しないで!」
「ああ、悪い悪い。ちょっとエキサイトしてもうたわ。」
「まあでも、タヌーキさんの言わんとしていることは分かるような気がします。」
「塾かて、そうやで。顧客にペコペコして、顧客に迎合して、そんなんで教育やってられるかちゅうことや。その塾の方針や、やり方が気にいらんかったら、辞めて他の塾に行ったらええだけやん。」
「そうですね…。」
「もちろん、顧客の言うことに一切耳を傾けんでええって言ってるわけやないで。でも、塾の先生やったら、自分達がやっていることにプライドを持てちゅうことが言いたいねん。その力強さが無かったら、人からの信頼も生まれへんし、生徒なんて集まらんって。」
「確かに、そうです!タヌーキさんと話をしていると、何だか勇気が湧いてきましたよ!」
「そうか、それは良かったわ。」
「じゃあ、タヌーキさんが言われるように、生徒達や保護者達が出しているサインに最大限の注意を払ってみます。」
「おお。後は、講師から情報も取ることや。実際、生徒を教えている講師達は生徒が出しているサインに気づいている場合も結構あるさかいな。」
「そうですね。」
「そして、退塾のサインが出ている生徒に対しては、すぐに面談をすることや。当たり前のことなんやけど、教室がピンチになってる時は、この当たり前のことをちゃんとやることで活路は見いだせる。」
「はい!」
「ええか、我利ちゃん、どんなピンチになろうが、社長たるもの、どんと構えとかなあかん。」
「はい!」
「春の募集期はまだまだこれからや。諦めたらあかん!勝負はこれからや!!!」
「はい!頑張ります!」
大手に勝つ戦略(その十)
- ピンチに陥った時、「自分がどんな塾を創りたかったのか」という原点に立ち戻ること。
- ピンチに陥った時、基本に立ち返って、目の前の、当たり前のことを一つ一つしっかりやること。
- 起きてしまったことは仕方がない。開き直って、腹をくくって、やること。
~大手塾VS個人塾~
さあ、いよいよクライマックス!
弱小塾の“個勉塾”と超大手塾の“天下一個別”の大勝負、いや、“タヌキ”と“キツネ”の化かし合い。
ついに、来月、勝敗が決する!
※明日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。