■場面は再び、“からくり屋珈琲店”。
タヌーキが帰り、我利勉は一人残って、コーヒーを飲んでいた。
「タヌーキさんには相談できなかったんだけど、実は、今、教室で気になることがあるんだよな~。ふぅ~。」
「大きな溜息をつかれて、どうかされたんですか?」
すっかり常連になっている私に店員の女の子が声をかけてきた。
「いや~、どうかしたわけじゃないんだけど…。あっ、そうだ!ちょっと聞いてもいいかな?」
「はい、いいですよ。」
「君、今、大学生?」
「はい。地方から出てきて、この京都市内にある大学に通ってます。」
「そっか…。中学とか高校の時に塾には行ってたの?」
「はい。私、勉強できなかったんで…。あっ、お客さん、もしかして塾の先生ですか?」
「うん。まあね。」
「何だか怪しい感じがしていたので、私、それっぽいと思ってました!あっ、すみません!私、失礼なことを言ってしまいました!」
「ああ、いいよいいよ。確かに私は怪しいからね。ふふ。で、君はどんな塾に行ってたの?」
「個別の塾で、先生達はみんな若くて、優しくて、面白くて、そんな塾でしたね。」
「じゃあ、そこで頑張って勉強してたんだね。」
「いや~、それが途中で辞めちゃったんです。」
「えっ?辞めたの?」
「はい。」
「何で?その塾、好きだったんでしょ?」
「はい。先生もいい人で好きだったんですけど、途中から教室が勉強する雰囲気じゃなくなってきて。」
「それは何かあったの?」
「う~ん…落ち着きのない男子たちが一杯入塾して来て、教室もうるさくなって、私自身も集中して勉強できなくなっちゃったんです。」
「でも、そんなふうになったら、先生が注意するでしょ?」
「はい。注意はされていましたけど、その子たち、全然言うことを聞かなくて、先生も困っておられましたね。」
「そっか…。」
「私、それでも先生も塾も好きだったので、頑張って続けようと思ったんですけど、思ったように成績も上がらなくなってきて、それで母親が辞めさせる感じになっちゃったんです。」
「そうだったんだ。それは申し訳ないな…。」
「アハハ。お客さんが謝る必要ないじゃないですか?」
「まあ、そうかもしれないけど、同じ仕事をしている人間として、何だか申し訳ない気がして…。」
「ふふ。良い人なんですね!」
「うん、まあまあ良い人だよ。へへ。」
「私、本当ならあの塾はずっと続けたかったんです。でも、やっぱり、塾は遊ぶところじゃないし、皆が頑張って楽しく勉強する雰囲気がいいなあって思うんですよね。」
「確かに、そうだね。」
「お客さん、いろいろ悩みはあるかもしれませんが、生徒達のために頑張ってくださいね!では!」
そう言って、女性店員は厨房に戻って行った。
「皆が頑張って楽しく勉強する雰囲気がいいか…。そうだよな…。」
我利勉が、店員の女の子と、このような会話をしたのには、理由があった。
それは、まさしく、最近、教室がこの女の子が話したような状況になっている気がしたからだ。
それは、二日前のことだった。
教室の社員から、我利に報告が入った。
「我利社長、今日、ちょっとクレームが二件入りまして。」
「えっ?どんなクレーム?」
「それは、どちらも、自習中うるさくて集中できないというものでした。」
「自習中うるさいって?」
「はい。」
「何で?少し前に見た時は、そんな状態じゃなかったよね?」
「はい。それが…。」
「どうしたの?ちゃんと、教えてくれる?」
「はい…。実は、この春の募集期、私自身が生徒数目標の達成が厳しそうだと感じていて、一月に、妥協して入塾させてしまった中学二年生の生徒がいるんですけど…。」
「えっ?ちょっと待って。妥協って、どういうこと?」
「はい。“個勉塾”の入塾条件は“生徒自身が頑張ると約束する”ことなのは分かってはいるんですが、その子はどうしても頑張ると言わなくて…。」
「それで?」
「最初は、それでは入塾してもらうのは厳しいという話をしていたのですが、保護者からどうしても入塾させてくれとお願いされて、私が折れてしまったというか…。私自身、やはり生徒数が欲しくて、その誘惑に負けてしまった部分もあると思っています。」
「そうか…。まあ、正直に話をしてくれて、ありがとう。」
「すみません。」
「それで、その子が入塾したことと、自習がうるさくなっていることと、どう関係しているの?」
「はい。その子が入塾して直ぐに、紹介でその友達が二名入って来たんですが、その子達もやる気がないというか、学力的にも全然一人で勉強できる状態じゃなくて…。」
「うん。じゃあ、授業を一杯取らせて、面倒見てあげればいいんじゃない?」
「それが…“授業は最低限の英語と数学だけ取ってもらって、あとは自習に来て勉強してもらえばいいですよ”なんてことを私が言ったものだから、毎日、自習に来るようになって…。」
「まあでも、毎日、自習に来るなんて偉いじゃない。やる気もあるってことでしょ?」
「いえ、それが友達とおしゃべりに来ている感じで、殆ど勉強もせず、お菓子を食べ出したり、立ち歩きも増えて、他の生徒の勉強の邪魔をしている感じになってきてしまったんです。」
「えっ?高校入試直前で、しかも学年末テストの前でもある、この大事な大事な時期に教室がそんな雰囲気になってるの?」
「はい、すみません…。」
「だったら、親にも連絡して、指導をかけたら?」
「はい。親には連絡はしているんですが、“すみません”と言われるだけで、どうやら自分の子どもを制御できないようなんです。」
「じゃあ、自習に来ることを禁止にしたら?」
「はい。そうしたんですが、言うことを聞かず、毎日やって来るんです。」
「じゃあ、辞めてもらうしかないか…。」
「でも、それは可哀想で、あの子達も悪気はないというか、本当に勉強できなくて、集中もできない子なんで、その状態の子を見捨てるのは、“個勉塾”のポリシーに反すると思うんです。」
「まあ、確かにそうだよな~。そういう子達の面倒を見て、助けてあげて、この“個勉塾”は大きくなったんだもんな。この子達を簡単に辞めさせちゃうと、それは他塾と同じで、“個勉塾”じゃなくなるからな。」
「そうなんです…。」
「う~ん…困ったね。」
「はい。とりあえず、時間が経って、彼らが落ち着くのを待つしかない気もしていまして…。」
「でも、そのクレームの二件はどう対処したの?」
「はい。こちらでちゃんと管理すると言って、納得してもらいました。」
「じゃあ、他の子に迷惑が掛からないように、管理できるわけね?」
「いえ、それが、自信が無くて…。」
「じゃあ、ダメじゃない。」
「すみません…。我利社長、私はどうすればいいですか?」
「うっ、どうすればいいかって言われても…。う~ん…。」
「本当にご迷惑をおかけして、すみません…。」
「まあ、いいや。私の方で対応について考えてみるよ。また連絡するから。」
「すみません…お願いします。」
今、個勉塾の教室では、このような問題が起きていた。
「いや~、あの女子店員の言うこともよく分かるんだけど、今回の件は、やっぱりどうしていいか分からない。タヌーキさんに聞きたかったけど、あんなふうに“依存心が高まっている”とか言われちゃたら、何も聞けないよな~。困ったな~。」
※明日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。