十八.第九ラウンド・・・“広告戦略”の攻防・再び
■場面は再び、“天下一個別”の本社ビル内。
「いいか、塩川君。塾にとって、春の募集期で生徒数を集めることが一番重要なのは分かるな?」
「はい、もちろんです!こう見えて、私も塾歴は長いですから。」
「じゃあ、聞くが、何故、一番大事なんだ?」
「顧客が一番入塾を考える時期だからじゃないですか?」
「まあ、そうだ。でも、それは何を意味する?」
「う~ん…。」
「つまり、入塾が多い時期ということは、退塾も多くなる時期だということだ。」
「あっ、はい。」
「だから、春の募集期は攻撃と防御のバランスが大事になる。また、見方を変えると、“個勉塾”からごっそり生徒をもらって、生徒数的に逆転するチャンスなんだ。」
「なるほど。」
「まあ、こちら側の退塾防止の策については、またの機会に言うとして、とにかく先手必勝。攻撃は最大の防御なりだ。」
「はい。」
「それからだ。春の募集期が成功するか否かで、経営的な判断が変わってくる。」
「ん?つまりはどういうことですか?」
「塾というのは、春の募集期の生徒数でだいたい一年間の売上や利益が読めるわけだ。」
「はい。」
「その結果で、今後の投資であったり、人事採用であったり、もちろん今後の戦略を決めていくことになり、ここで失敗すると私がさっき言った“撤退”ということも現実味を帯びて来る。」
「う~ん…。」
「そうなると、キミはクビだろう。まあ、クビにまでならなくても、降格されて下々の人間になるわけだ。アハハハ。」
「いや~、それは困りますね。アハハハ。」
「だから、キミはバカか?バカなのか?ここで、何故笑えるんだ?」
「あっ、すみません…。」
「ホントに、疲れる…。」
「でも、キーツネさん、正直言って、この教室の“撤退”も私の“降格”もないと思うんですよね。」
「ふふ…呑気なもんだ。大企業というもの、そんなに甘くはないぞ。キミが考えているよりシビアなもんだ。社長もバカじゃない。たいした利益を生み出さないものをこのまま放置しておくようなことはしない。そこが、“愛着”で教室を存続させるような個人塾レベルの甘ちゃん塾長達とは違うんだ。」
「そうですか…。」
「まあ、そうなったら、ミーもここを辞めることになるだろう。」
「えっ?!キーツネさんもですか!」
「そうだ。」
「それは大丈夫だと思いますよ。うちの社長はキーツネさんに絶大な信頼を置いていますから。」
「仮にそうだとしても、ミーは去る。あのクソ個別塾に負けて、どんな顔して、この“天下一個別”に残れるというんだ。」
「う~ん…それは、神様としてのプライドってやつですか?」
「そうだ!」
「分かりました。私も覚悟を決めて、この春の募集期は戦います!」
「おお、そうしてくれ。」
「そこで、春の募集期の戦略ですが、どのような形で動けばいいでしょうか?」
「まずは、攻撃の要、広告戦略だ。」
「はい。」
■場面は再び、“からくり屋珈琲店”。
タヌーキが帰り、我利勉は一人で“春の募集期戦略”について考えていた。
「チラシはいつも通りの時期に、いつものパターンの内容でいいんだろうか…。いや、待てよ。最近はチラシは利かないから、いっそのこと止めてしまってもいいかもしれないな…。その分、経費も浮くしな…。まあ、それに、塾紹介のポータルサイト“塾エラビ”にも載せているから問合せはそこからも来るだろうし…。」
「珈琲のお代わりをお持ちしました!」
「あっ、有り難う。…いや、待てよ待てよ。」
「はい?またご注文でしょうか?」
「いや、ごめんごめん。独り言、独り言。」
「あっ、失礼しました。」
「やっぱり、いきなりチラシを無くすのは怖いな。少しくらい新聞に折り込んだ方がいいのかな…。それとも、この春はポスティングや校門前のビラまきをバンバンやってみるか?他の個人塾さんなんかも、結構されているからな…。う~ん…考えがまとまらない…どうしよう。こんな時に限って、タヌーキさん、帰っちゃうんだから…。あっ、そうだ、知り合いの塾さんに電話して聞いてみよう。」
我利は珈琲を一気に飲み干して、知り合いの大倉塾長に電話した。
「もしもし、大倉先生?」
「おお、我利先生、どうしたの?電話してくるなんて珍しいね。」
「ちょっと、聞きたいんだけど、大倉先生の塾はこの春にチラシって結構まく?」
「う~ん…まだちゃんと考えてないけど、少しくらいかな。夏も冬ももうチラシはまいていないけど、生徒はジャンジャン来ているからね。」
「やっぱりそうか…。」
「ただ、春くらいは、一応、“塾やってますよ”っていう意味合いのチラシは少し出そうと思ってるけどね。」
「景気がいい話でいいすね~。」
「いやいや、我利先生のところこそ、社員さんも教室も増えて羨ましい限りだよ。」
「そんなことないですよ。社員が増えるのは嬉しいけど、いろいろな問題も発生するし、人件費もビックリするくらいかかりますからね。」
「まあ、それも大変だよね。とりあえず、お互いに頑張りましょう。」
「そうですね。ありがとうございます。では、また!」
「ほいほ~い!またね~!」
「大倉先生は少しだけチラシをまく感じか…。よっし、次は土山先生に電話してみよう。」
「もしもし、土山先生、お久しぶりです!」
「ああ、我利先生、こちらこそご無沙汰しています!」
「土山先生、いきなりなんですけど、この春の募集期の広告戦略ってどうします?」
「まあ、とりあえず、チラシは利かないから、ポスティングと校門前のビラまきを頑張ろうかと思っているんですよ。」
「チラシは打たないんですか?」
「ちょっとくらいは打つよ。」
「じゃあ、ネット系はどうなんですか?先生のところも、“塾エラビ”を利用されていましたよね?」
「ああ、あれね、止めましたよ。」
「えっ?止められたんですか!」
「ええ。資料請求の問合せは来るけど、全然入塾しないし、お金ばっかりかかって仕方ないですからね。やっぱり今の時代の塾は、ポスティングや校門前のビラまきみたいに、足で稼がなきゃならない気がしますね。」
「確かにそうかもしれませんね。忙しい時に、有り難うございました!」
「じゃあ、また!」
「はい、失礼します。」
我利は益々迷いが深まっていった。
「う~ん…土山先生のところは足で稼ぐ作戦か…。いったい、うちの塾はどうしたらいいんだろう?誰か教えてくれよ~!」
※明日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。