十七.第八ラウンドの終了
年が明け、一月に入った。
第八ラウンドでは、“天下一個別”の訪問営業に対して、“個勉塾”は紹介施策で対抗した。
“天下一個別”の営業部隊は、この寒い十二月に一軒一軒の家庭を訪問し、確実に体験授業の数を増やしていった。
一方の“個勉塾”も負けてはいない。
冬休み前の報告面談の中で、“優先入会キャンペーン”の案内をし、多くの紹介入塾を創り出していった。
双方ともに生徒数は伸ばしたが、やはりこの戦いも“個勉塾”の優勢で終わったのだった。
■場面は、“天下一個別”の本社ビル内。
会議室には、いつものように、参謀・キーツネと営業本部長の塩川がいた。
しかし、二人はずっと沈黙のままだった。
そして、どれくらいたったのだろうか、キーツネがその沈黙の均衡を破った。
「塩川君…。」
「はい…。」
「我々は今回もあの“個勉塾”に負けた。なりふり構わない戦略に打って出ても負けたんだ。」
「はい…。」
「もはや大手なんだと言って、ふんぞり返っている立場ではないぞ。」
「はい…。」
「この春の募集期で“個勉塾”に勝てなければ我々は撤退だ。」
「えっ!撤退?!」
「そうだ。」
「でも…“個勉塾”に負けているいっても、生徒数はそこそこいますし、何よりも全国展開の足掛かりにする教室ではないのでしょうか。」
「そんなことはどうでもいい。キミにはプライドがないのか!」
「いや、まあプライドはありますが…。」
「だったら、あんなチンケな塾に負けていて悔しくないのか!この春で勝てなければ、潔く撤退だ!」
「う~ん…社長が何と言うか…。」
「ふふ…。」
「えっ?どうしたんですか?」
「ミーは負ければ撤退だと言ったまでだ。」
「ん?」
「あくまでも、負ければ…だ。」
「あっ、なるほど!負けるわけないと。」
「そうだ。ミーは個別指導の神様だ。ミーが負けるわけがない。」
「でも、確かあっちにも個別指導の神様らしきタヌキがいるのでは?」
「ああ。ただ、ミーとはレベルが違う!ミーはキングオブ個別指導の神様だからな。」
「確かにそうですね!キーツネさんは今まで数々の難しい戦いに勝って来られた方ですから、本気を出せば負けるわけありません!」
「ただ、今回ばかりはパートナーが悪い。」
「えっ?わ・た・し…のことですか?」
「そうだ。キミの力不足で負けているんだ。」
「あっ、はい、すみません…。」
「いいか、この春はミーの戦略通りにしっかりとやってくれ。」
「はい…。でも、今までもキーツネさんの言う通りにやってきたつもりなんですが…。」
「だから、その精度が悪いと言っているんだ。臨機応変さも無ければ、徹底力も不足している。だから、“個勉塾”ごときに負けるんだ。」
「はい…。」
「ホントに、このままじゃミーの名前に傷が付くじゃないか!塩川君、今度こそ、しっかり頼むぞ!」
「はい、分かりました…。」
「じゃあ、春の募集期の戦略の話をしよう。」
「はい!」
■場面は変わって、“からくり屋珈琲店”。
またあのコンビがいつものように来ていた。
「タヌーキさん、今回の“優先入会キャンペーン”、なかなか当たりましたよ。」
「そうか。」
「それで生徒数も伸びちゃって。今回も、“天下一個別”に勝った感じですね。」
「ふ~ん…。」
「まあ、これもタヌーキさんのおかげなんですけど、ただ、そのキャンペーンを使ってどう紹介を促進していくかという施策については私が考えたんで、まあ何と言うか、私もなかなかやると思いません?」
「別に…。」
「えっ?何ですか、その気のない返事は?」
「わし、ジブンの自慢話なんて聞きとうないし。」
「たまにはいいじゃないですか、私のことを褒めてくれたって。」
「嫌や。ジブンのこと褒めても、わしに何のメリットもないやん。しゃべる労力が無駄や。」
「ふぅ…タヌーキさんって、何て冷たい人なんでしょう。」
「どうとでも言いなはれ。わし、ジブンみたいなポンコツに何と言われても全然気にならんわ。」
「もお~。」
「それに、頑張ったんは社員の皆やん。偉いんは社員や。」
「まあ、そうですけど…。」
「で、特に用事ないんやったら、わし、もう今日は帰るわ。」
「えっ?もう帰るんですか?」
「わしも何かと忙しいねん。」
「でも、今日、パフェ食べてないですよね?」
「ええねん、ええねん。わし、パフェ絶ちしてるさかいに。」
「どうしたんですか?あんなに大好きだったパフェをやめるなんて。」
「何でいちいちジブンに言わなあかんねん。単に食べたくない気分やねん。」
「そうですか…。」
「ほんならな。」
「あっ、はい…。(どうしたんだろう?)」
タヌーキの様子がいつもと違うので、我利勉は気になったが、これ以上、声をかけることはしなかった。
※来週月曜日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。