十三.第六ラウンドの終了
十一月に入った。
第六ラウンドでは、“天下一個別”が開発したAIを活用した教務システムが大活躍し、塾の商品として、市場から一定の評価を受け出していた。
しかし、“個勉塾”も負けてはいなかった。
熱心な講師陣のおかげで、生徒たちは楽しそうに塾に通って来ていて、商品としては互角の戦いと言っていいだろう。
ただ、生徒数増という観点で言えば、“天下一個別”はなかなか“個勉塾”の牙城を崩すまでには至っていなかった。
つまり、第六ラウンドでも、“個勉塾”が辛うじて“天下一個別”に勝利を収めた形だったのだ。
■場面は、“天下一個別”の本社ビル内。
会議室で参謀・キーツネと営業本部長の塩川が話をしている。
「塩川君、“個勉塾”はなかなかしぶといな。」
「確かにそうです。我々が開発した“AIロボット”を以ってしても、なかなか相手にダメージを与えるまでにはいかず、私としても歯がゆい思いをしております。」
「まあでも、ここまでは想定内だ。」
「えっ?想定内?」
「そうだ。AIを使った教務システムを導入したからと言って、すぐに生徒が増えるほど、そんな甘いもんじゃない。」
「あっ、はい…。」
「ただ、布石は充分に打てているから大丈夫だ。」
「と言いますと?」
「学習塾の使命として、一番大事なことは何だ?」
「えっと、社会に出ても活躍できる人材を育てることであり、それが学習塾としての使命で…。」
「そんな綺麗ごとはいい!」
「えっ?!き、れ、い、ご、と?」
「そうだ。だいたいどの塾も“社会に出ても活躍できる人材”だとか、“思考力や自立心”だとか、綺麗ごとばかりチラシやパンフレットに載せているが、そんなものは顧客は求めていない。」
「そうですか…。」
「もちろん、誰だって、そういうことは大事だとは分かっているはずだ。それを否定する者はいないだろう。」
「はい。」
「でもだ。顧客はそういう力を付けてほしくて、塾に通わせているんじゃない。」
「はい。」
「塩川君、顧客が塾に行かしている理由は、ずばり何だ?」
「そ、それは…成績向上であり、志望校合格だと思います。」
「そうだ。それが顧客の唯一無二のニーズだ。それ以上のことを塾に求めているわけじゃないんだ。そのことを勘違いしてはいけない。」
「はい、確かにその通りですね。」
■場面は変わって、“からくり屋珈琲店”。
ここでは、タヌーキと我利勉が、いつものようにパフェを食べながらミーティングをしていた。
「我利ちゃん、ジブンとこの講師、なかなか頑張ってるやん。」
「はい。“天下一個別”がAIを使った教務システムを導入してきたので、一時はどうなることかと思いましたが、やっぱり大事なのは“人間力”ですよね。うちの講師達は本当にいいですから!」
「はぁ…。呑気なもんやで。“人間力”かて、これからどんどんロボットに追い越されてくるで。」
「えっ?」
「人間らしい、いや、人間以上に、人の気持ち分かったり、より高いホスピタリティを持ったロボットがそのうち開発されて、ジブンとこみたいな原始的な塾は木っ端微塵になるんや。アハハハ。」
「もお~そんなこと言わないでくださいよ。」
「まあでも、本当のことや。だから、今のやり方が今後も続くとは思わん方がええ。」
「あっ、はい。」
「で、今回は、講師君たちの頑張りで、何とか“天下一個別”の攻撃を防げたわけやけど、この十一月が本当の勝負やで。」
「えっ?どういうことですか?」
「我利ちゃん、塾の使命は何や?」
「それは成績を上げることや志望校に合格させることじゃないんですか?」
「アホか。そんな小っちゃいこと言ってるから、ジブンはあかんねん。」
「えっ?でも、保護者や生徒はそれを望んで塾に来ていると思うんですけど…。」
「そりゃ、そうやで。塾なんやから当たり前やん。」
「う~ん…益々、タヌーキさんが何を仰っているのか分からなくなってきました。」
「まあ、ジブン、頭悪いからな。」
「いやいや、頭が悪いんじゃなくて、タヌーキさんの言うことが矛盾しているというか、何というか…。」
「何言うてんねん。何にも矛盾してへんがな。ガキんちょや、その保護者のニーズは、成績アップや志望校合格やろ。でも、塾としては単にそれだけを目指してたら、夢のないしょうもない塾になってしまうってことが言いたいねん。成績アップや志望校合格を通して、ガキんちょ達に自信を掴ませ、社会に出て荒波にさらされても、たくましく生きて行けるような人材を育てるくらいの使命を持ってやらなあかん。」
「なるほど。」
「でもな、だからと言って、そういう先の先ばかり考えて、足元を見てへん塾もあかんわけや。成績アップに拘らん塾は、いくら楽しくても、そのうち淘汰される。要は、志は高く、行動レベルは地に足を付けてちゅうことやな。」
「なるほど。よく分かりました!」
「で、現実的な話に戻るけど、今回、“天下一個別”はガキんちょ達の成績を上げるシステムを導入したわけや。」
「はい。」
「つまり、その成果をきっちり目に見える形で表されたら、一気に向こうが勢いづくわな。」
「あっ!そうか!十一月にあるテストがそのポイントになるわけですね。」
「そうや。あちらさんは、十月の第六ラウンドで、ジブンとこのクソみたいな塾に勝とうとしてたわけやあらへん。最初から勝負は十一月だと踏んでたはずやねん。」
「う~ん…そうだったのか…。」
「ジブン、そんなことも分からんかったんかいな。ほんま、めでたい奴やで。」
「すみません…。」
「だからや、今度の定期テストが、まあ“天下分け目の戦い”ちゅうことやな。」
「なるほど。」
「題して、“関ヶ原のテスト対策の戦い”!」
「はあ~?そこで“関ヶ原”付ける必要あります?普通に“テスト対策の戦い”でいいんじゃないですか?」
「アホか!そんな普通のネーミングやったら、気合いが入らんちゅうか、緊張感が生まれんやろ!」
「そうですかね…。」
「そうや!ええか!何でもネーミングが大事やねん。何でも形から入らなあかんねん!」
「分かりました。“関ヶ原のテスト対策の戦い”でしたね。」
「そうや。」
※明日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。