■場面は変わって、“天下一個別”の本社ビル内。
「キーツネさん、やりましたよ!」
「ん?」
「どんどん“個勉塾”から、我が“天下一個別”に生徒が流れてきています。キーツネさんの戦略通り、テスト対策を強化し、その後、“転塾キャンペーン”のチラシを打ったら、笑えるくらい大当たりしています。問合せの電話が鳴りやみません!」
「そうか、そうか、それは良かった。確かにミーの読み通りだな。」
「はい、やっぱり、キーツネさんは世界最高峰の参謀です!」
「うむ、うむ。」
キーツネは満足そうだった。
「キーツネさん、この勢いなら、八月末の生徒数は七十名くらいにはなるんじゃないかと踏んでます。」
「まあ、塩川君の言うことは半信半疑で聞いておくが、それくらいの勢いがあるというのはいいことだ。実際、もし開校半年くらいで七十名になるのなら、新しい地域での展開ということを考えると、上出来だろう。でも、油断をしてはいけないぞ。キミはすぐに調子に乗るからな。」
「アハハ。キーツネさんは、相変わらず、私を信用してないですね~。アハハハ。」
「むやみに笑うな。」
「あっ、すみません。」
「それにだ。この夏で生徒数は挽回できたとしても、春の募集期で売上予算が割れているんだから、その分を夏期講習売上で取り戻さなければならないからな。」
「分かっています。夏期講習は受験生には全員一〇〇コマ提案をさせますから、それで帳尻を合わせますから。」
「それならいいが…。」
「キーツネさん、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。完全に我々に追い風が吹いていますから。実際問題、向こうの塾は悪評が立ってますから。」
「ん?どんな悪評だ?」
「人数が多すぎてちゃんと見てもらえないとか、長いこと通わせているのに成績が上がらないとか、講師の質がイマイチだとか、何よりも社員たちが機械的な感じで接してくるので、子どもも行きたがらないし、親としても不信感があるという声が多かったですね。まあ、ボロクソですね。うひひひひ。」
「そうか、そうか、その評判は我々にとってはかなり好都合だな。」
「そうなんです。とうとう“個勉塾”もボロが出てきましたね。」
「塩川君、そういう状態になると、向こうはどんなことが起きると思う?」
「どんなことですか?う~ん…ちょっと分かりません。」
「どこの組織でもそうだが、上手くいかなくなると、犯人探しが始まるわけだ。」
「犯人探し?」
「そうだ。自分は悪くない。こいつが悪い、あいつが悪い、環境が悪い、仕組みが悪い、戦略が悪い、みたいになるわけよ。」
「それ、最悪のパターンじゃないですか。社内の雰囲気が悪くなりますよね。」
「まあな。でも、“個勉塾”はきっとそうなっているはずだ。ふふふ。」
「ざまーみろって感じですね!」
「本当に人間という生き物は愚かだ。何かが上手くいかなくなると、すぐに人間関係がギスギスする。」
「確かに。」
「特に、小さい組織というのは、そうなりがちなんだ。」
「えっ?そうなんですか?」
「そうだ。小さい組織というのは、人間関係の距離が近いので団結力も作りやすいが、逆から見ると、他の人たちの動きや考えなんかもよく分かるわけで、不満も出やすい側面があるんだよ。」
「なるほど、なるほど。近い距離の人間関係というのは、大きな武器にもなるけど、一歩間違えば、大きな弱点にもなるということですか。」
「そうだな。」
「そういえばそうですね。我々の会社のように組織が大きいと、他が何やっているかよく分からない部分もありますから、全体がギスギスした感じにはなりにくいですね。」
「まあ、塩川君、とにかく今が攻め時だ。ふふ。」
■場面は、再び“個勉塾”の教室長会議。
しばしの沈黙の後、もう一度、下村が切り出した。
「皆、講師や部下のせいだと言ってるけど、その状態にしているのは、教室責任者である自分達に原因があるんじゃないの?」
「そうですけど…でも…。」
「でも、何?」
「この春、新人の講師が一杯入ってきて、育て上げる時間もなかったので…。」
「そりゃそうかもしれないけど…。」
「それに、生徒数が多いと、やることも多くて、なかなか余裕がないんです。」
「それも分かるけどね、だからと言って…。」
「これでも、我々も精一杯頑張っているんです。それなのに、そう責められても困ります。」
「う~ん…。」
「それに、結果論かもしれませんが、テスト対策に外部生を呼びこむ戦略は取らない方が良かったのではないでしょうか。もっと、内部生に手厚くやるべきだったと思うんです。」
「いやいや、それは…。」
その時、我利勉が声を発した。
「もういい。皆の言い訳は聞きたくない。もう会議は終わろう。」
確かに、今回の件は、私の戦略ミスかもしれない。でも、あまりにも教室長達が自分以外の誰かや、何かに責任を転嫁しようとしている姿勢を見ていて、私自身は、これ以上、会議をしていても無駄だと感じた。
会議終了後、教室長達はそれぞれが自教室に戻って行った。
そして、それぞれに様々な思いがあるようだった。
「我利社長はいったい何なんだ。皆の言い訳は聞きたくないって、あの言い方はないだろう。ほんと、やってられない!」
「何なんだ。他の教室長達はいったい何をやっているんだ。うちの教室よりも生徒数が少ないんだから、もっと、ちゃんとしろよ!ほんと、腹が立つ!」
「だいたい、“テスト対策お友達紹介キャンペーン”なんてやらなきゃよかったんだよ。講師も社員達もまだまだ未熟なんだから、退塾が出るのも仕方がないじゃないか!くそっ!」
※来週月曜日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。