六.第三ラウンド・・・五月決戦の攻防
■場面は、再び、“天下一個別”の本社ビル内。
「じゃあ、五月決戦の話をする前に、まずは現状を整理しておこう。」
「はい。」
「“個勉塾”という塾は、ちんけな塾のくせして、第一ラウンドでは、生意気にも我々の上を行く広告宣伝を打ってきた。」
「はい、そうです。」
「そして、第二ラウンドでは、入塾面談の勝負に持ち込んでも、我々は勝てなかった。」
「はい。」
「どうも、我々の手の内が読まれているとしか思えない。」
「確かに、そうですね。誰か、スパイでもいるのでしょうか?」
「さあ、どうだろうな?いるとしたら、キミしかいないだろう。」
「いえいえ、私はそんなことしませんから。」
「まあ、そうだろうな。タヌーキがキミみたいな間抜けな人間をスパイにはしないだろうからな。アハハハ。」
「そうですね。アハハハ。」
「キミは笑うな。」
「あっ、はい…。」
「まあ、タヌーキなら、純粋にこちらの打つ手を読んでいるんだろう。あいつも、一応、“個別指導の神様”を謳っている以上、それくらいはするだろう。でも、それならそれで、更にその裏をかいた手を打てばいいんだ。」
「なるほど、裏の裏っていうやつですね?」
「そうだ。」
「何だか、ワクワクしてきましたね。」
「キミは本当に能天気なやつだな。」
「はい、有り難うございます!」
「別に褒めてない。ニコニコするな。ほんと気持ち悪い奴だ。」
「あっ、すみません。」
「まあいい。それで、塩川君、向こうは我々がどう動くと読んでくると思う?」
「そりゃあ、焦って、五月もチラシを打ってくると思うんじゃないですかね?」
「おお~、キミにしては上出来の答えだ。」
「はい!これでも、一応、営業本部長なんで…。」
■場面は、“からくり屋珈琲店”。
「我利ちゃん、さっきは悪かったな。わし、ちょっと言い過ぎたわ。」
「いえ、タヌーキさん、こちらこそ、大人げなかったです。タヌーキさんのアドバイスが無かったら、上手くいかなかったことは間違いないですから。本当にすみませんでした。」
「まあ、お互いに悪かったわけや。だから、手打ちということで、パフェおごって!」
「えっ?お互いに悪かったと言っておきながら、私がタヌーキさんにパフェをおごるんですか?」
「そうやで。何かおかしいか?」
「そりゃあ、おかしいでしょ!」
「ほんま、ジブンはせこいわ。パフェの一つや二つくらいええやん。」
「まあ、たかがパフェくらいで私もグチグチ言いたくはないんですけど、タヌーキさんのその厚かましい姿勢がどうも納得いかないんです。」
「はあ…。ジブン、器がちっちゃすぎるわ。十二年前と何にも変わってへん。やっぱり、わしの育て方が悪かったんかな…。わし、人材育成に自信を無くしたから、もう神の国に帰るわ。」
「いや、それはちょっと待ってくださいよ。まだ“天下一個別”との戦いは終わってないんですから。」
「そんなん知らんやん。ジブン達で頑張ったらええやん。わしの力なんて何の役にも立たんって。」
「もお~、ふてくされないでくださいよ。すぐ拗ねるんだから…。パフェなら、いくらでもご馳走しますから、まだ手伝ってください。タヌーキさんの力が必要なんです。」
「ああ、そうなん。ほんまに、パフェいくらでも頼んでええの?」
「はい、いいですよ。」
「おねーちゃん!イチゴパフェとバナナパフェ、そしてチョコレートパフェに、マンゴーパフェ、それから、クリームソーダとタコライスもちょーだい!」
「えっ?パフェ以外も頼まれていますけど…。」
「まあ、ええやん。ちっちゃいこと気にすんなって…。アハハハ。」
「はあ…。」
「で、“天下一個別”は次にどんな手を打ってくると思う?」
「そうですね~。初期集客があまり上手くいかなかったと聞いていますけど、とりあえず、五月は、一旦は休戦といった感じじゃないでしょうか。」
「アホかいな!たいして生徒も集まってへんのに、キーツネが何の営業戦略も打たへんわけないやん!」
「でも、五月はチラシを打つ時期でもないでしょうし…。」
「ジブンは相変わらず呑気な性格やで。それでも昔は大手でボリボリやってたんかいな。」
「はい、バリバリですけどね。」
「そんなんどっちでもええわ。」
「はい、すみません。」
「まずな、ジブンが考えるべきなんは、相手がどう動くかを予想することや。」
「はい。」
「相手は “個勉塾”に対して敵意をむき出しにしてるわけや。だったら、徹底的に、その“個勉塾”が嫌なことをやってくるやろ?」
「そうですかね。うちの塾はたかが個人塾に毛が生えた程度ですよ。大手がそこまでむきになりますかね?」
「確かにショボい個人塾や。代表も相当キモいしな。でもな、ライオンは一匹のネズミを捕るのにも全力を尽くすって言うやろ?」
「あっ、はい…。」
「もちろん、基本的には、大手は個人塾なんて相手にしてへん。多少、その地域で負けてたとしても、トータルで勝てばいいと思ってるからや。」
「そうですよね。私が大手にいた時もそうでしたし。」
「でも、今回ばかりは事情が違う。」
「えっ?事情が違うんですか?」
「そうや。何故なら、“天下一個別”にとって、今回の開校は全国展開の足掛かりにする教室やから失敗するわけにはいかんという事情がある。」
「なるほど、なるほど。」
「それに、もう一つ大きな理由がある。」
「はい。」
「ジブンとこの“個勉塾”というものを潰すことに大きな意味があるからや。」
「大きな意味ですか?」
「そうや。ジブンとこの塾、わしのおかげで有名になったやろ?」
「まあ、タヌーキさんのおかげかどうか分かりませんが、確かに多くの塾さんが見学に来られましたからね。」
「ちなみに、どれくらいの塾が来たんや?」
「優に二百塾は超えますね。」
「ほんまにアホや。ジブンが調子こいて、見学を受け入れて、知名度を上げたさかい、狙われているや。」
「えっ?どういうことですか?」
「ジブンとこを潰したら、他の塾どもがビビるやろ。そうしたら、全国展開の戦いが優位に進められるはずや。」
「まさか、それを狙って?!」
「そうや。キーツネなら、そこまで考えてるはずやで。」
「何と恐ろしい策略家だ…。」
「だから、キーツネを甘く見たらあかんのや。」
「はい…。」
「で、キーツネは、この五月も、個人塾が嫌がる施策を打ってくるはずなんや。」
「なるほど。」
「よ~考えてみ。大手が攻めてきた時に、個人塾として、これをやられたら嫌やな~ということがあるやろ?」
「はい、それはあります。」
「例えば、この時期なら何や?」
「そりゃあ、五月と言えば、広告戦略的には一旦休憩したいですから、この時期でもバンバンとチラシを入れられたら嫌ですね。」
「そうやな。他には?」
「校門前のビラまきで、豪華な景品付きのものを配られたら嫌ですね。」
「だったら、キーツネはそれをしてくるはずや。新規教室はとにかく地域に知ってもらわんことには何も始まらんからな。」
「なるほど!確かに、向こうはお金がありますから、チラシや豪華景品のばらまき作戦に打って出る可能性は十分にありますね。」
「そうや。」
「くっそ~、毎月、チラシなんて打たれたらたまったもんじゃないですよ。」
「まあ、相手は金があるんやからしゃーないで。」
「で、私達はどのように対抗したらいいんですかね?やっぱり、目には目を、チラシにはチラシを、景品には景品をという作戦ですかね?」
「それはあかん。そんなことしたら、相手の思うつぼや。だってな、個人塾がそんな戦いにのったら、資金的にキツくなるやろ?向こうは、持久戦に持ち込んで、こっちの資金が苦しくなるのを待ってるはずやで。」
「確かにそうですよね。挑発にのったら、こっちの資金繰りがヤバくなります。」
「そうや。だから、ジブンが取る対抗策は、“テスト対策お友達紹介キャンペーン”や。」
「えっ?それって何ですか?」
「塾生に、テスト直前の土日のテスト対策ゼミに友達を連れて来るように言って、そこからの入塾を作り出す施策や。」
「なるほど!そんなのがあるんですね。でも、確かにそれは良い手ですね!それなら、お金もかからないですし、何たってうちは生徒数が多いですから、その作戦でも十分に新規入塾が見込めますし!」
「そうや。」
「よっし、タヌーキさん、五月もガンガン攻めてやりますよ!」
「まあ、そんな気合い入れんでええから、それなりに頑張り。」
「はい。」
「あっ、そうや、そうや。もちろん、営業施策以外に、五月のテスト対策はちゃんと頑張らなあかんで。塾なんやから、ガキんちょ達に勉強させて、とことん面倒を見て、成績上げなあかんからな。」
「はい、当然です。うちの社員達は、日頃から面倒見や成績アップにはこだわっていますから。」
「それなら、ええねんけどな…。じゃあ、わし、帰るわ。バイなら!」
※明日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。