■場面は、再び“天下一個別”の本社・戦略参謀室。
「キーツネさん、どうしたらいいでしょうか?このままの問合せ数で推移してしまうと、現場の社員の士気も下がってしまいます。そして、生徒数目標も達成できなかったら、“天下一個別”の名に傷がつきます。ヤバいです、ヤバいです。」
「まあ、そう慌てるな、塩川君。それがあの塾の狙いなんだ。」
「えっ?どういうことですか?」
「最初の立ち上げで躓くと、普通、社員の士気が下がったり、焦ったりするだろう。そうすると、悪循環にはまってしまい、これから益々上手くいかないようになる。つまり、あの我利という男は、我々がそうなることを狙っているんだと思う。だから、君はまんまとそれにはまっているポンコツということだ。」
「なるほど、勉強になります!でも…。」
「でもじゃない。また第1ラウンドが終わったばかりだろう。淡々と次の手を打てばいいだけだ。君っていう奴はジタバタして、ほんと、見苦しい限りだ。だから、ミーは単細胞は嫌いなんだよ。」
「あっ、はい、勉強になります!」
「ん?!君は…バカか?バカなのか?」
「えっ?」
「さっきから、バカの一つ覚えみたいに、“勉強になります”ばかり言って、頭悪すぎだろう。」
「あっ、すみません。」
「まあ、いい。時間の無駄だ。話を進めようか。」
「はい!」
「ただ、どうも解せない。何か引っかかる…。」
「何がですか?」
「あの我利という男がここまで思い切ったことができるとは思えない…。」
「キーツネさん、たまたまじゃないですか?きっと偶然当たったラッキーパンチ的なやつですよ!」
「ふぅ…。君には疲れる。負けた要因に、“たまたま”なんてない。“勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし”という言葉を聞いたことはないか?」
「はい、ありません!!!」
「はあ…。聞くだけ無駄だったか…。それにしても、何で君みたいな奴が営業本部長なんだ?」
「はい、私、こう見えてもエリアマネージャー時代、エリアの業績を凄く上げちゃったんですよ。」
「上げちゃった?君が?」
「はい。」
「どうやって?」
「気合いです!業績悪かったら、部下たちを集めて会議を開き、その時、机を蹴り上げて、バンバン気合いを入れてやりましたよ。」
「はあ?それって…単なる恐怖政治だろ。古臭い手法だ。」
まあいい、この男に構っていても仕方がない。私は私の仕事をするまでだ。
「とにかく、あの塾には何かあるはずだ。塩川君、もう少し調べてくれないか。」
「はい、分かりました。」
「よし、それはそれとして、次の作戦Bプランを進めるか。」
「えっ?作戦Bプランがあるんですか?」
「当たり前だろ!作戦は常にいくつも用意している。君は私を誰だと思っているんだ。」
「はい、個別指導の神様・キーツネ様でございます!」
「そうそう。それそれ。」
「はい、勉強になります!」
「・・・・・。」
「あれ?どうかされましたか?」
「いや、いい。今日はもう君と話をしたくないから、明日また来てくれ。」
「はい、わかりました!」
「ふぅ…。」
(翌日)
■場面は、“個勉塾”の教室長会議。
「我利先生、“天下一個別”なんて、全然大したことないですね。」
教室長の一人がいきなり“天下一個別”の話を切り出してきた。
「う、うん…。まあ、そうだね。」
「今、最も勢いのある大手個別指導塾だか何だか知りませんけど、我々に敵うわけないんですよ!」
「そうそう!」
教室長たちは、一様に勝ち誇った顔をしていた。
皆の士気が上がっているのはいいのだが、私は、この余裕というか、油断に少し不安を覚えていた。
何故なら、タヌーキが言っていたように、“天下一個別”は次の手を打ってくるかもしれないからだ。いや、“かもしれない”ではなく、タヌーキに“天才”と言わしめるキーツネという個別指導の神様が向こうにはついているわけで、確実にこのままで終わるわけがない。
その時、その緩んだ空気を察してか、武太陽子が発言した。
「皆、油断してはだめ!まだ春の募集期は終わってないんだから、気を引き締めていきましょう。」
この武太陽子、今は我が社の役員であり、個勉塾の塾長という役割も担っている。
ここで、彼女についても少し触れておこう。
十二年前、私を伝説の塾長にしたのは、個別指導の神様の“タヌーキ”がいたからだけではなく、新入社員として塾の立ち上げに参画してくれた彼女がいたからに他ならない。
その頃のことを覚えてくれている人もいるかもしれないが、私は“奇跡のメール”で前職の塾でアルバイト講師だった彼女と再会し、十ヶ年計画書を手渡し、無名の小さな小さな個人塾への入社が決まった経緯がある。
その計画書の十年後の欄には、武太陽子は役員になり、給料は年収一〇〇〇万円と書かれていた。
いや、書かれていたという表現はおかしいだろう。書いたのは私なのだから。
そして、十二年経った今現在はどうなったのか?
彼女は計画通り、役員になっていた。もちろん、十年計画を作ったからそうなったわけではない。彼女自身が死ぬほど働き、どこの塾にも負けない教室を作り、業績を上げてきたから、必然的にそうなったのだ。つまり、自分の力で勝ち取った“取締役”という地位だった。
ただ、年収はというと…とても、とても、この場では言えない。
彼女には申し訳ないが、社長としての私が未熟だったばっかりに、十年計画に記した年収は未だに達成できていない。しかも、全然達成できていないレベルでだ。
そんな彼女も、今は結婚し、子供にも恵まれ、それでも先頭に立って、この会社を引っ張ってくれている。
さて、話を教室長会議に戻そう。
武太陽子の発言で、教室長たちの顔は一瞬で引き締まり、春の募集期施策について話を進めていった。
各教室の数字進捗、現状の教室の課題の発表など、一通り議事は進み、そして最後に営業本部長の下村の言葉で会は締めくくられた。。
「では、予定通り、これから四月一杯まで、春の紹介キャンペーンを強化していこう。」
「はい!」
この様子なら、“天下一個別”が次の手を打ってきたとしても何とかなるだろう。この時は、私はそう確信したのだった。
しかし、この日の夜、私はタヌーキに呼び出されることになる。
※明日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。