■“天下一個別”の本社ビル内。
そこには塩川という関西地区の営業本部長と個別指導の神様・キーツネがいた。
「塩川君さあ~、キミが言ってたあの塾って何だっけ?」
「ああ、個勉塾のことですか?」
「そうそう、その塾。あれ、たいしたことないと思うよ。」
「えっ?何故、そんなことが分かるんですか?あの塾は関西圏では結構評判ですよ。個人塾に毛が生えた程度の規模なのに、なかなか強いと皆が言っていますけど…。」
「だから、ド素人はダメなんだよな~。」
「あ、はい…。」
「塩川君も営業本部長をしているんなら、もうちょっと勉強しなきゃ。」
「はい。すみません…。」
「ミーね、この前、会って来たんだよね~。」
「誰にですか?」
「その個勉塾というチンケな塾の社長に。」
「えー!社長にですか?」
「そう。彼、相当イケてなかったな…。オーラの欠片もないし、うちの塾の進出を知って、泣きそうな顔してたし、本当に情けなかったな~。アハハハ…。」
「でも、あそこには、凄い女性役員がいると聞いていますけど…。」
「ぷっ…。塩川君さあ、女の子にビビッてるわけ?」
「いえ、ビビッているわけではないのですが…。」
「あのね、どこの塾もそうだけど、トップを見たら、その塾の力量が分かるわけよ。だから、あの男がトップなら、その個勉塾は怖くない。」
「なるほど…。でも、油断は…。」
「まあ、いいから、いいから。ミーに任せておけば大丈夫だって。今まで、ミーの考える戦略で上手くいかなかったことってあるかい?」
「いえ、それはありません。」
「だったら、黙ってミーの言う通りにしておけばいいんだ。」
「あっ、はい。よろしくお願いします。」
「ふん!調子に乗ってる“個勉塾”とやら、今に見てろ。徹底的にやってやるからな。」
二月に入った。
■場面は、“個勉塾”の教室長会議。
「…ということで、あの“天下一個別”が二月に開校するらしい。まだはっきりした開校日は分からないけど、我々にとってこの春はなかなか厳しい戦いになると思う。」
「・・・。」
教室長達は、不安な顔をして、黙って私の話を聞いていた。
「あれ?皆、どうした?何だか元気がないけど…。」
その時、講師募集の担当をしているエリアマネージャーの五木が立ち上がった。
「我利先生、実は…。」
「ん?どうした?」
「この春、講師の応募が全くないんです!!」
「えっ?全くだって?」
「はい…。」
「う~ん…やっぱり、近頃、話題になっているブラックバイト問題の影響なんだろうか?」
「もちろん、それもあるかもしれませんが、“天下一個別”が!!」
「えっ?“天下一個別”が何?」
「はい。今日になって初めて気が付いたんですけど、求人誌のビレッジワークをよくよくチェックしてみると、うちの塾の講師募集記事の横にでっかく“天下一個別”の講師募集が載っているんです。しかも、うちの原稿スペースの八倍の大きさで、時給も二百五十円も高いんです。これじゃあ、誰も応募してきません…。」
「それはまずいな。この春に講師を集められなかったら、生徒募集だって出来やしない。個別指導塾にとって、講師採用は死活問題だからな。」
「そうなんです。でも、“天下一個別”に対抗して、あの大きさの広告を出す予算はうちにはありませんし、それにあの時給にすることも不可能です。」
「そうだな~。講師の時給を上げようと思えば、授業スタイルを変えないとしたら、授業料を値上げするしかないけど、今、そんなことをしたら、“天下一個別”の思うつぼで、自殺行為になる。どうしたもんだろう…。困ったな~。」
「はい、困りました。このままじゃ、うちはやられてしまいます…。我利先生、いったいどうしたらいいんでしょうか?」
「う~ん…ごめん、私にも分からない…。」
この日の夜、私は“天下一個別”に対抗する戦略を考えるために“からくり屋珈琲店”にやって来た。
「本当に困った…。いきなり講師募集でも“天下一個別”にやられてしまった。これから、我々はどうしたらいいんだろう…。あの塾に対抗するだけの組織力も無ければ、使える資金だってそれほどない…。個人塾ならではの工夫で対抗するしかないのだが、その策が思いつかない…。本当に参ったな…。」
「ジブン、どないしたんや?」
「えっ?誰?」
私は声がする方向に目をやった。すると…
何と!!!目の前に“個別指導の神様・タヌーキ”が立っているではないか!!
「あっ…。」
私は驚きのあまり声が出なかった…。
「ん?どうした?わしのこと忘れたか?」
声が出ない私は必死に首を振り続けた。
「何や、ジブン、首振り人形になったんかいな。益々、ブサイクになったもんやで。アハハハ。」
タヌーキから聞く久しぶりの暴言で、私の金縛り状態がとけた。
「タヌーキさん!!!!!」
「何や、黙っているかと思えば、いきなり大きな声を出しよってからに。ジブン、相変わらず、気ぃ狂ってるんと違うか?」
「タヌーキさん!私、嬉しくて、嬉しくて…。その暴言もたまらなくて…。」
私の目から大粒の涙がこぼれてきた…。
「やめてんか、やめてんか。わし、男の涙には興味ないねん。これが可愛い女の子やったら、よしよししてやるんやけど、ジブンの泣いてる姿はキモ過ぎて耐えられへん…。」
「もぉ~。ダヌーギザンったら…。」
「誰がダヌーギザンやねん。わしはタヌーキや。」
「ズビバゼン…。」
「もうええから、早よ涙ふいてんか!」
「あい…。」
「で、どうしたんや?さっきから、困ったとか、参ったとか、言ってたけど。」
「実は…。」
私はあの超大手塾の“天下一個別”がこの川科地域に進出してくることをタヌーキに伝えた。
「そうか…。ついに来よったか。」
「はい、そうなんです。しかも、向こうには“キーツネ”という個別指導の神様が参謀に付いているんです。」
「えっ?キーツネだって?!」
「はい。タヌーキさん、この神様のことは知ってますか?」
「まあ、知ってるちゅうか、わしの母校である“神様大学・個別指導学科”時代の同級生や。」
「えっ!同級生だったんですか!!」
「そう。しかも、あいつは、大学時代ずっと首席の成績を取ってた天才や。」
「へぇー。」
「ちなみに、わしはドンケツの成績やったけどな。ワッハハハ…。」
「何を豪快に笑ってるんですか!ほんと、情けない…。」
「まあ、ジブン、今回は相手が悪いわ。諦め。」
「はい?何を諦めろって仰ってるんですか?」
「塾経営を諦めろって言ってるんや。誰もあいつには勝てへんから。」
「いやいや、そんなことしたら、うちの社員達の生活はどうなるんですか?」
「どうなるもこうなるもないやん。どこでもええから、転職したらええねん。何なら“天下一個別”に雇ってもらったらええやん。」
「ふん!キーツネと同じこと言ってる…。」
「えっ、何やて?」
「タヌーキさんが言ってることと同じことをキーツネっていう奴に言われましたよ。」
「しまった!あいつと被ってもうたか…。う~ん…わし、自己嫌悪に陥るわ~。」
「自己嫌悪にでも何にでもなってもらっていいですけど、私を助けてくださいよ。せっかく、皆で必死になって理想の塾を創って来たのに、戦う前から諦めたくないですよ。」
「そうなん?」
「そりゃ、そうでしょ。“個勉塾”も、ここで働く社員達も私にとっては自分の子どものように可愛い存在なんですから、何とかしたいんです。」
「ふ~ん…。」
「ふ~んって何ですか!タヌーキさんはそれでもいいんですか?」
「何がや?」
「ここでタヌーキさんが逃げ出したら、キーツネに怯えて逃げ出したって“4チャンネル”に書き込みしまくりますよ。」
「はあ?」
「そうしたら、瞬く間に、全国に“タヌーキ、しょぼい”“タヌーキ、ブサイク”“タヌーキ、役立たず”って広まってしまいますよ。」
「何やて!…くそっ!ジブン、わしをゆすってるんか?」
「ゆすってるわけではないんですけど、本当に助けて欲しいから脅してるんです。」
「ゆするも、脅すも同じやろが。ほんま、ジブンって悪い人間になりよってからに…。あ~、十二年の月日を恨むわ…。」
「すみません。でも、何とかお願いします!私に力を貸してください!」
「しゃーないな。でも、分かってるんやろな?」
「はい!パフェですよね?」
「そう、それそれ。」
※明日に続く
オーラのないマッチメーカーこと、株式会社WiShipの岡田がお送りしました。